ポーラ文化研究所ポーラ文化研究所
ポーラ/オルビス ホールディングス
JP|EN
JP|EN
Search
Close
化粧文化 COSMETIC CULTURE
お化粧ヒストリー

持ち運べる化粧品の登場と発展

021

持ち運べる化粧品の登場と発展

2020.12.10

前回ご紹介した20世紀前半の女性たちのよそおい。第一次世界大戦を経て生活が変化するなかで、そのよそおいも変化していきました。
上流階級だけではなく、一般の人々も日常的に行うようになったメーク。それでは化粧品はどのように変化したのでしょうか。

まず化粧直しに欠かせないコンパクト。当初は厚紙製の容器に固形パウダーがついているのみだった製品は、やがて金属容器にパウダー、パフ、鏡が付属し、現代のコンパクトと同じ形になります。さらには口紅やシガレットケースが一体化したものも登場!人前で化粧直しができるようになったことで、女性たちは持ち歩くコンパクトにデザイン性と機能性を求めるようになりました。安価なものから凝った装飾の高級品まで、様々な形態のコンパクトが生まれたのです。

続いて口紅はどうでしょうか。唇を塗る棒状の口紅は1915年頃にスライド式の形状がアメリカで生まれました。やがて若い世代を中心に需要が拡大し、フランス、イギリス、アメリカでは売り上げがどんどん伸びたそうです。1910年代、パリではすでに人気のあった口紅ですが、イギリスではあまり口紅をつける習慣がないというように地域差がありました。しかし1930年代になるとイギリスでも働く女性たちが化粧品を買い求め、口紅も人気を集めたといいます。

そしてアイメーク。当時の美容本では、理想的な眉は「優美なアーチ型で濃く、むらがない」ものと定義され、「抜きすぎはよくない」と紹介されました。まつ毛は「濃く長い」ことが美しく魅力的とされ、つけまつ毛やマスカラ、アイシャドーが流行します。1923年頃にはビューラーが発明されたほか、まつ毛を伸ばすための育毛剤も登場。1930年の『VOGUE』誌では大々的にアイメークのハウツー特集が組まれ、女性たちは「目を印象的に美しく見せる」アイメークに励みました。

現代でも使用されている化粧品のデザインやメーク方法の基礎がつくられた時代。メークをする楽しさや、お気に入りの化粧品を選ぶ喜びが広く育まれた時代ともいえるかもしれません。

ファッション、メークと続き、次回は髪型についてご紹介します!

《まるで雲のよう シェリュイのイヴニング・ドレス》 ピエール・ブリソー 『ガゼット・デュ・ボン・トン』 1914《まるで雲のよう シェリュイのイヴニング・ドレス》 ピエール・ブリソー 『ガゼット・デュ・ボン・トン』 1914

  一覧へ戻る  

この記事のタグから他の記事を検索できます

最新の記事

上へ