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化粧文化 COSMETIC CULTURE
お化粧ヒストリー

第一次世界大戦後、広がる化粧

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第一次世界大戦後、広がる化粧

2020.10.22

「ベル・エポック(よき時代)」と呼ばれる、生活水準の向上により豊かな文化が花開いた時期は、第一次世界大戦の勃発によりその幕を閉じることとなりました。そして欧州では戦地に赴いた男性に代わり、女性たちが社会に出て働き始めます。
また、この時代の女性たちは仕事をする以外にも、スポーツや海水浴などのレジャー、華やかなパーティといった社交の場など、行動範囲が大きく広がりました。
このように生活様式が変わっていく中で、ファッションのスタイルや化粧に対するまなざし、化粧品そのものの形もまた変化していきます。

まずファッションの変化を見てみましょう。ベル・エポック期のS字型シルエットのドレスの流行から、やがて体を締め付けない円筒形のドレスが人々に受け入れられます。このコルセットを排除したスタイルを発表したのが、20世紀初頭のパリで最も影響力があったデザイナーのポール・ポワレ。ポワレはファッションデザイナーでありながら香水なども精力的に発表し、ファッションブランドが香水を手がける先鞭をつけた人物でもありました。
また、この時代にはレジャー需要に合わせてスポーツウェアなども登場し、より活発に動けるようなスタイルが登場し始めます。

化粧にはどのような変化が訪れたのでしょうか。
社会に出て活動し始める女性たちが増えると、他人へ与える印象のため、あるいは自分自身の個性をアピールするために、市井の人々の間で化粧という行為が広がりました。主に上流階級のものだった化粧が一般的になっていったのです。保守的な人々からは一般市民が化粧をすることに対して否定的な声も上がりましたが、そのような視線も徐々に減り、化粧は着実に根付いていきました。

19世紀までは上流階級が自邸のプライベート空間でひっそりと行うものだった化粧が、外出先で化粧直しをするようになるほど一般の人々に普及していった20世紀前半。「化粧直しが簡単にできるアイテム」「持ち運びができる化粧品」への需要は、仕事やレジャーへの参画という生活様式の変化の中で高まっていきました。この時代に発達した化粧品に、白粉が入ったコンパクトやリップスティックなどが挙げられます。現代の化粧品のプロダクトデザインの基礎がつくられた時期ともいえるでしょう。

次回は、そのような20世紀前半に発展を遂げたメークアイテムについてご紹介します。お楽しみに!

《つれなき貴婦人 ウォルトのイヴニング・ドレス》 ジョルジュ・バルビエ 『ガゼット・デュ・ボントン』 1921《つれなき貴婦人 ウォルトのイヴニング・ドレス》 ジョルジュ・バルビエ 『ガゼット・デュ・ボントン』 1921

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